2008年7月4日金曜日

幸せです

「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


佐川峯さん作曲のタンゴ5曲が聴けます。





バンドネオンを弾いているときが「しあわせ」な佐川峯さん。
笑顔がいいですねえ。

2008年6月9日月曜日

佐川峯さん:タンゴの本場で卒寿公演



「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


2009年秋、「卆寿」でアルゼンチン・ブエノスアイレスでバンドネオン演奏。
素晴らしい記事が出ましたねー。
ファンとしては嬉しくて仕方がありません。
一番バッター初回ホームランで記事がはじまります。

「あたし、今のところ、死ぬ予定はありませんから」の一言で聴衆がどよめき、「九十歳で引退するのをやめ、九十歳でスタートすることにしました」の一言に拍手がわく。予定の一時間を過ぎてなお弾こうとすると、すかさず花束贈呈。誰か止めなきゃ、この日の幕は下りない。
<中略>
十五歳の時、銀座で聞いたバンドネオンのとりこになり、「クラシック以外は退学処分」という音楽学校では隠れて練習した。二十一歳で大連に渡り、バンドに参加してプロの道へ。
<中略>
映画史、芸能史に残るスターたちとの逸話は数々ある。駆出し時代に「満州映画協会」のスター李香蘭の巡業に参加。「彼女が山口淑子(元参議院議員)という女優だと、戦後知ったんだよ」
「ブルースの女王」故淡谷のり子とも因縁めいた話がある。
戦前、大連で「坊や、私のバンドで弾いて」と誘われたが、一方で恩人には上海に誘われ、戦後、東京で偶然出会った淡谷に「坊や、約束を破ったわね」としかられた。今も人生の苦い教訓にしている。
<中略>
「佐川先生はきっと光を失い、力つき、死の直前までバンドネオンを離すことなく、(中略)ジャバラがひきちぎられ、床にひらひら舞い落ちてゆくまでバンドネオンを引き続けると思う」
かつてLPアルバムに備前焼作家の藤原雄さんから送られた一文だ。


ファンとしては「永久保存版」の記事です。

2008年4月30日水曜日

バンドネオンの音源を見たことある?




「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


ハーモニカの原理だね、と誰かが言っていました。

小さな金属の板と同じ成分の金属は現代の技術でも作ることができていないと聴き、「ピラミッドの不思議」の話を聴いているような気持ちになりました。

80年、90年前に作られたバンドネオンの名器と同じレベルのバンドネオンを開発して欲しいものです。

バンドネオンの中を見たことある?



「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


キーが並んだプレートを外すと木の枠と紙製のジャバラが見えます。
バンドネオンの魅力的な音がシンプルな空洞から出てくるのが不思議な気がします。

2008年4月1日火曜日

佐川峯さんお気に入りのBar Sur

「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


佐川峯さんがピアノの立光映二(たてご えいじ)さん、歌手のエンリケ岩尾さんとブエノス・アイレスのBar Surやイタリアーノ、ラ・クンパルシータなどで演奏されたことがHPで紹介されています。
検索したらBar Surのサイトが見つかりました。
“BAR SUR” Tango Dance Show
1967年に開店し、2007年が40周年だったそうでサイトを開くとEl Choclo(とうもろこし:アメリカで歌詞をつけて"Kiss of Fire"という曲にしルイ・アームストロングなどが歌った)の切れ味のいい演奏がずっと流れます。

2007年にBar Surを訪れた人のブログによれば
「こじんまりした店内で、ダンサーを間近に見ることができて・・・かなり感激!そして、男女共にかっこいいダンサー。。。。女性の身体が鍛えぬかれていることに感動。足や背中の筋肉がすごい。いかに、タンゴが激しいスポーツかを知った。」
「150ペソ(約50ドル)で、シャンパン1杯付。時間は無制限。」
「石畳の通りにある、本当に素敵なBar Surでした。」

2009年秋、佐川峯さんに再びBar Surで演奏して欲しいですねー。

2008年3月29日土曜日

ボタンだらけのバンドネオン


「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」


佐川峯さん愛用のバンドネオン。
こんなに多いボタンが両側につけられ、一つの音を出すのに二つとか三つとかのボタンを押さえ、ジャバラを伸ばす時と縮める時とで違う音が出るそうです。
パソコンのwordでも打ち間違えばかりなのに・・・と、感心&気が遠くなりそう。
佐川峯さんのステージでのお話だと「こんな楽器を作った人は一体どんな思考をする人だったのかと思います。複雑すぎてバンドネオンを途中であきらめた人がいましたよ」と。
そんなバンドネオンと16才からずーっと一緒の佐川峯さん。
心身共に元気で若々しくなくては付き合いきれない楽器だし、楽器と奏者が互いに良い刺激を与え合っているのではと想像しています。

2008年3月28日金曜日

2008年最初のコンサート


「炎のように」「魂のバンドネオン MiNE SAGAWA」
ヴァイオリンの上野眞樹さんのコンサートにトリオ・ロス・エンバハドーレスが賛助出演された2月8日が2008年最初の佐川峯さんの演奏でした。
教会が会場で音楽に全く詳しくない私にとっては音響効果が良く、壇上で演奏される佐川峯さんとバンドネオンの動きを見上げる形だったのが新鮮でした。
会場の後のドアからバンドネオン片手に颯爽と登場された佐川峯さんに来場者がどよめきました。
ホントに「米寿?」、のささやきが聞こえてくるようでした。
一曲目が終わったときの拍手、感動・・・でしたねー。